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著作権の親告罪が誤解されている?

たけくまメモ : 「初音ミク」事件についてを読んでいて気になる記述があった。

つまり「善意の第三者」が、「これは著作権侵害の疑いがありますから削除したほうがいいですよ」と忠告したとしても、運営側は本当にそれが著作権侵害であるのか、著作権者にお伺いを立ててから削除なり停止なりするのが「筋」なのです。著作権にかんしては、運営側だって第三者にすぎないわけですから。

Wikipedia に著作権侵害の疑いがある記事が載せられた場合に、削除するかどうかは Wikipedia の運営側が著作権者に確認しなきゃいけないってこと? それって直感的に変な気がする。 って訳で、自分なりに問題を整理してみた。 ちなみに、ビジネス法務検定3級程度の知識しかないので、間違っているところもあると思うのでご注意(エチケットペーパー)。

最初に結論

長くなったので、最初に結論を。

  • 削除するかどうかは Wikipedia の利用規約の問題
  • 著作権が親告罪かどうかは今回の問題とは無関係
  • 著作権者からの訴えがなければ何をしてもOKというのは誤解

事件の流れ

まとめページを見つけられなかったので、やじうまWatch - 初音ミクに大殺界? WikipediaとGoogle画像検索で削除にを参考に。 これであっているかな?(調べるのに結構時間かかった…)

ここで、最初の削除の際に、本当に「運営側 (Wikipedia) は著作権者 (クリプトン社) にお伺いを立ててから削除」する必要があったのかどうかが気になる。

著作権と親告罪について

まずは著作権 - Wikipediaを読んでお勉強。 著作権といってもいくつかの権利があるけど、今回は著作財産権の複製権(著作物を複製する権利)が問題って理解でいいかな。 著作権侵害行為に対する制裁措置によると、著作権侵害に対してできる事は以下のとおり。

差止請求 … 著作権者は、著作権を侵害する者または侵害するおそれがある者に対し、侵害の停止または予防を請求することができる(著作権法112条1項)。

損害賠償請求 … 著作権者は、故意または過失により著作権を侵害し、著作権者に損害を発生させた者に対し、発生した損害の賠償請求をすることができる(民法709条)。

不当利得返還請求 … 著作権者は、著作権を侵害することによって利益を得ている者に対し、当該不当利得の返還を請求することができる(民法703条)。

刑事罰 … 著作権を故意に侵害した者は、5年以下の懲役または500万円以下の罰金に処せられる(懲役と罰金が併科されることもある)(著作権法119条)。<中略>また、著作権侵害罪は親告罪である(著作権法123条1項)。したがって、著作権者による告訴がなければ、検察官は公訴を提起することができない。

いずれも「著作権者」がアクションを起こすことが前提になってる。 つまり、コンテンツの状態は以下の3つになるのかな。

著作権者の行為コンテンツの状態
複製を許諾
何もしていない
民事請求や告訴×

この△がグレーゾーン。許諾によって○の状態へ移行する場合もあるし、民事請求や告訴によって×の状態へ移行する場合もあるし、何もせずに△の状態のままかもしれない。 ちなみに、△の状態は最大20年続くみたい(著作権侵害から20年が経過すると損害賠償できなくなる)。

ここで大切なのは、「×じゃないからといって○とは限らない」ということ。

まずはシンプルなモデルから

今回の問題での登場人物は「載せた人」と「運営側」と「著作権者」の3者になる。でもちょっと複雑なので、まずは「載せた人」と「著作権者」の2者だけの場合から考える。 例えば、自分で公開しているWebサーバに誰かの著作権物を載せていたとして、第三者から「著作権侵害では?」という指摘があったとしても、削除するかどうかは載せた人しだい。 当事者である著作権者からの請求があるまでは載せ続けることだってできる。 第三者は指摘することはできても、公開を差し止めることはできない。

Wikipedia に載せることについて

ようやく本題にたどり着いた。 誰かの著作物を自分のWebサーバじゃなくてWikipediaに載せた場合はどうなるか。 著作権者の行為によって○×が決まるのはさっきと同じだけど、問題は△の状態のとき。 これは、運営側がどう判断するかで決まるんじゃないかな。 ニコニコ動画のように、著作権者から訴えがあれば消す(訴えが無いと著作権違反かどうかを判断できない)という判断もあるだろうし、反対に著作権違反の疑いがあれば消すという判断もある。 特に、ニコニコ動画はその動画だけを削除すればいい*1けど、Wikipediaの場合はその後のコンテンツの改版にも影響がでるので、より慎重になっても仕方ない。

どっちの方法がいいかは場合によるから、こうでないといけないという決まりは無いと思うよ。

親告罪についての誤解

どうも「著作権は親告罪」という特徴が誤解されている気がする。以下、いくつか引用。

「親告罪」的扱いの著作権違反にもかかわらず、今回Wikipedeiaは稚拙な対応をとってしまった。

著作権が親告罪であるってのは、つまりあれですね。外野は黙ってろ! って言う精神だと思うんですハイ

最初に挙げた例のように、第三者が公開を差し止めることはできない。 でも今回は、 Wikipedia は当事者になる。 もし△が×になった場合に被害を受けるのは Wikipedia になる。 だから、たけくまさんの言うような、「著作権にかんしては、運営側だって第三者」には当たらない。 ○か×かを決めるのは著作権者だけど、△の扱いを決めるのは運営側のポリシー次第だろう。 Wikipedia は「載せる人」の所有物じゃないんだから。

これは読み取り過ぎ - odz bufferの例が分かりやすかった。

もっと普通の規約を思い浮かべればどうだろう。いくら権利関係がクリアで法律的になんの問題が無いものでも、「わいせつなものを公開する」ことを禁止しているサービスでわいせつな画像を公開してはいけないわけ。それは当然、私人間の契約である利用規約に反するから。

<追記> id:kazuho さんからプロバイダ責任制限法があるから、Wikipediaは権利侵害が明らかな状態を放置していない限り法的責任を追わないんじゃないかというコメントを頂いた。 なるほど。だとすると Wikipedia が当事者からの指摘が無くても削除する理由は、その後の改版を無駄にしないためか、第三者からの指摘も「権利侵害が明らかな状態を放置」とみなされると考えているかのどちらかかも。Wikipedia でも名誉毀損の主張があった場合の法的状況の判断と法的対応に関する議論というページがあったけど、今回の件でどう適用されるかについては、さすがに素人には手を出せない感じ。 <追記ここまで>

著作権を厳しく管理しすぎることへの弊害はもちろんある(最近見かけないCCCDとか)けど、「親告罪だから訴えられなければOK」という誤解が広がることも問題だと思うな。 親告罪(しんこくざい)とは、告訴がなければ公訴を提起することができない犯罪だし。 ビジネス上の判断であえてリスクをとるという選択は当然アリだけど、リスクを知らずに「親告罪だから大丈夫」「外野は黙ってろ」と考えるのは危ない気がする。

<追記> id:I11さんから以下のコメントを頂いた。

「著作権者からの訴えがなければ何をしてもOKというのは誤解」は私的自治原則に反するため間違い。私的独占排除原則の例外として存在する著作権はあくまでも権利を主張することによって効力が生ずる。

主張しない限りは権利が発生しないから、主張されるまではOKということかな。元になった初音ミクのプロフィールに「ALL RIGHTS RESERVED」と書くだけじゃ主張にならないのかな(誰かの解説がほしい…) <追記ここまで>

著作権と利用規約について

手元にhttps://www.amazon.co.jp/dp/4756147704という本があったので読んでみた。 基本的には掲示板に書かれた文書をどう二次利用するかという話なんだけど、5章の「不正利用に強い利用規約」にて掲示板や Wiki などへの違法な書き込みに対して運営がどう対処するかということも書かれている。 二次利用のために著作権を譲渡してもらうと、著作権者としてプロバイダ責任法以上の責任が発生しますよという話。 対処としては利用規約で守るということになってる。

編 … 法律、命令および通達等に違反するコンテンツなどの書き込みを禁止することで、面倒に巻き込まれないようにしていますよね。

編 … 問題のありそうな投稿は著作権をもらわないようにしてしまうわけです。

著作権とGFDLについて

GFDLに同意しないとWikipediaに載せられないというのは、Wikipediaの性質上仕方ない気がする。 Wikipedia:基本方針とガイドラインに書かれているようにWikipediaの目的は「フリーの百科事典」を作ることなので、単に複製を許可しただけではダメだと思う。 最初の段階でその後の改変や二次利用までを認めておかないと、数年後にその改変は認めていないから削除してほしいという話になったときに面倒だし。

2チャンネルのスレッドのまとめサイトのように、ただコピーするだけのものとは違うんだと思う。 そう考えると、今回の件はWikipediaが他のまとめサイトのように使われだしているってことなのかもしれない。

その他の話

Wikipedia の初版が汚染されたら、その後の版も全削除というのはシステム的に改善の余地があるかもしれない。 まぁ、 Subversion でソースコードをバージョン管理していても、特定の版の変更だけを削除するのは意外と面倒 (svn mergeを使えばできるけど初版だとさすがにコンフリクトしそう) だけどね。 初音ミク騒動とWikipedia - 見ろ!Zがゴミのようだ!にも似たような話が書かれていた。

もう一つ、百科事典を目指している厳密な運営の Wikipedia だけじゃなくて、ニコニコ動画的な緩い Wiki があっても面白いかもね。

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