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まちゅダイアリー


2006-08-11 (金)

日記を書くこと

気がついたら一週間も日記をサボっていた。 ネットを見ていて、いくつか心に留まった文章があったので、忘れないうちにメモしておこう。 それぞれは違うことを述べた文章なんだけど、どこかで繋がるものがある気がする。

www.textfile.org

まずは、勉強が出来ない奴はプログラマになれ!(バカだからできる勉強法)に対する結城さんのコメントから。

実際のところ、このページに書かれている勉強法はかなり正攻法に近い勉強法ではないだろうか。 もしプラスαがあるとすれば「自分が学んだことを他の人に伝えてみる(文書または口頭で)」というポイントくらいか。

このプラスα(学んだことを他人に伝える)には本当に同意。 僕が日記を書く理由も、これに近い。 もう少し正確に言うと、この日記の最初の読者は自分自身。 仮にこの日記を読む人が居なくなっても、僕だけは読み返すだろうから。

まずは、自分が将来読んで役に立つことを期待して書いている。 その次に、少しでも他の人の役に立てば…と思っている。 いずれにしても、自分を含めた他人に分かるように日記を書く過程で、自分自身の理解を深めている感じ。

わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる

本ばかり読んでるとバカになるという、僕にとっては少し衝撃的だった話。

読書は他人にものを考えてもらった結果をなぞるだけだから、自分のアタマでものを考えなくなる。そうした受動的な読書を打ち破るために、オキテを作って実践している。 オキテ1:読むだけの読書にしない、オキテ2:読んだら表現する、オキテ3:読んだらフィードバックする、の3つ。その結果、読書の対象に広がりと奥行きと深みが増した。特にオキテ2を強力にオススメする。

本を読めば読むほど知識が深まると思っていたけど、そうでは無いみたい。 確かに言われてみれば、本を消費している状態だとその通りかも。 ネットでググるばかりで、自分で考えていないのと同じだと考えればいいのか。 対処法として、やはり表現・フィードバックすることの重要性を書かれているのも興味深いな。

ちなみに話が脱線するけど、何か調べ物をするときに、ググって答えを見つけることを癖にしちゃうとマズいと思ってる。 なぜなら、その問題の答えはネットにあるけど、本当に自分が解決しないといけない問題は、まずネットには無いから。

おさかなラボ

なんだかBlogを書かなくなっちゃう理由が書かれている。

僕の場合、Blogのエントリに間が空いてしまうと「○週間ぶりだから凄いことを書かないと!」というプレッシャーが生まれてしまうんですよね。Blog書きに挫折してしまう人ってこういうタイプの人多いんじゃないでしょうか。

ここ1ヶ月間、ネタがなかったわけじゃないんですが下手に間が空いてしまったために書くのに躊躇しまくっていたわけです。でもこの「Blogを書かなくなってしまうの法則」はきっと僕だけに当てはまるものではないと思うので、一か月ぶりのネタにふさわしいと無理矢理判断し、公開してみる次第です。

これもよく分かるなぁ…。 特に、 livedoor Reader の読者数が増えてくると、段々と申し訳無さを感じてしまう。 本当は、自分のために書いているんだから、書きたいときに書くのが一番いいんだろうけど、なかなか上手くはいかない。 この日記も1週間ぶりに書いているんだけど、おさかなラボのかなださんからヒントをもらって、今はこうやって気が向くままに書いている。

新・闘わないプログラマ No.449

入門書は簡単だと誤解されているという話。

「ぷぷっ、『すとーりい』? 小説でも書くつもり? はあ、エライ作家先生かなんかにでもなったのかなー。たかが入門書なのに、ストーリーだって」と言われてしまいました。「たかが入門書」と言えど、300ページを越える分量の本には、それなりの「ストーリー」が無いと書き進められないわけで(後略)

自分で本を書いたことが無いから本当のことは分からない。 けど、入門書が難しいというのは正解だと思う。 実際に、世の中に「入門書」と書かれた本はたくさんあるけど、本物の入門書の数は非常に少ない。 単に「広く浅く」書くだけじゃ入門書じゃなくてパンフレットにしかならない。 全く知識の無い人に理解してもらうためには、説明すべき事項とそうでない事項を区別しないといけなくて、「広く薄く」どころかメリハリを付けたストーリ付けが必要(だと思う)。

結城浩の日記

機械的な作業の進め方にて、仕事を進めるときのコツが書かれている。 機械的な作業とそうでない作業に分けることが肝心らしい。

機械的な場面では「私は機械。淡々と仕事をこなし心を動かさない。正確無比で同じペースで作業を進める」と自分に言い聞かせる。 機械的ではない場面では「私は人間。作業全体を俯瞰し、心を広げ、読者のことを思い、総合的に判断する」と自分に言い聞かせる。

なるほど。確かに余計なことを考えない時間を設けるってのは効率的かも。 メリハリも付けることができるし。 誤解を招く言い方かもしれないけど、(設計と製造を分ける)ウォーターフォール開発の考え方にも似ているかも、と思った。 同じように、「機械的」→「機械的でない」→「機械的」の繰り返しは、アジャイル開発の考え方にも似ているかも、と思った。

最後に

今週見つけた気になる文章をまとめて日記に書いたので、なんだかまとまりの無い内容になってしまった。 それでも、今日の日記を書き出した時点よりは、自分の考えが整理された…かも。

Tags: memo